月曜日の事だった。
その日は確か、朝の5時までバイトをしていて、6時に寝て。
9時頃起きて、目も開かないまま僕とは無縁の華々しいInstagramのストーリーを連打していた時に見つけてしまったのだ。
「付き合いました!」の文字と共に映っている、友達と、初恋の女性を。
正直、見間違いであってほしかった。別の誰かであってほしかった。
けれども、僕の脳が、これは事実だ、本当の事だと言い続けていた。
そして、久しぶりに顔を見た初恋の女性の顔は、相変わらず綺麗だった。
初恋は小学生の時で、一目惚れだった。
隣の学校から転校してきた彼女は、名前を「ミヅキ」と言った。
自己紹介の後、隣の席に座ってお互い挨拶をした瞬間、僕は恋に落ちていた。
当時、隣の学校ですら遠く狭い世界にいた僕達は突然やってきた新しい友達に大いに期待し、そして、ミヅキはその期待に答えた。
ミヅキは頭が良かった。当時学年で一番頭が良かったケイスケくんを転校早々のテストで負かし、その数ヶ月後には、学年で一番本を読んでいる人間だった僕を颯爽と抜き去った。
そして、これは惚れた人間に対する贔屓かもしれないが、運動もそこそこ出来た。
そんな完璧に近い人間に、僕は嫉妬するでも無く、ただ淡い恋心を抱いていた。
まだ小学生の僕は「恋」なんてものは到底分かるはずも無いが、ミヅキの事が好きだった。
この片思いは8年間続いた。その間、僕の行動理念はミヅキ一色だった。
ミヅキが書道を習っていたから、書道を習い始めた。
学校の図書館で借りた本にミヅキの名前が無いか必死に探した。
町の図書館にミヅキが行く、という話を聞いて、町の図書館へ通い始めた。
全てにおいて共通点を探し、共通点が見つければ嬉しくなり、見つからなかったらミヅキに勧める、という行動を、中学生になるまで僕は続けていた。
そしてその行動は良い方向に行っていたみたいで、中学校に進学する頃には、僕とミヅキは「親友」と言える関係に、なっていたと思う。
そして中学に入った時、僕は今までの行動を全て後悔する事になる。
僕とミヅキがそのまま進学した中学校は、2つの小学校から生徒が集まる学校で、1つは僕が通っていた学校、もう1つはミヅキが転校してくる前の学校だった。
進学して、僕とミヅキは小学生の時ほど話さなくなった。
それぞれ友達と親交を深めながらも、お互い暇そうだったら世間話をする程度の仲となった。
ただ、僕の恋は冷める事無く、むしろ更に燃える一方で。
気づけば自然とミヅキの方に目が行ってしまっていて、そんな自分を少しストーカー気質だな、なんて自嘲したりもした。
「好きな人が、出来たの。」
中1の6月、授業間の休み時間に唐突にミヅキに呼び出された僕が聞いた言葉だ。
恋に落ちる音は覚えていないが、失恋の感覚は今でも思い出せる。
心の中にあった大きいガラスの花瓶みたいなものが、スッと落ちて、割れる感覚だ。
当時の僕には、「それは、俺?」と聞き出せる勇気なんて無く、「へぇ、良かったじゃん。え、誰々?教えてよ」と、たしかそんな事を聞いた気がする。恐らく声も震えていたんじゃ無いだろうか。
ミヅキが挙げたのは、マサトくんという、ミヅキが転校してくる前の学校にいた男子生徒だった。
マサトくんは大変頭が良く、スポーツ万能でゲームがプロ並みに上手い男子だった。
少しオタク気質で、ネットスラングを多様するのも「面白い奴」となってみんなに親しみやすく、男女問わず皆に人気があった。
勝てない、と思った。悔しくて、拳を固めるしか出来ない自分が本当に嫌だった。
「相談、なんだけど。協力、してくれない?」
ミヅキが言った。「考えとく」と言った数日後、OKしてしまった。近くに居ればチャンスがあるかもしれない、と思った姑息な自分がいた。
そんな思いを消すように、出来る限りの協力をした。
そして、僕の協力のせいかは知らないが、ミヅキとマサトくんは中3になる春、恋人同士になった。
これは後にミヅキから聞いた話だが、実はマサトくんもミヅキが好きだったらしい。
心底良かったと思った。ミヅキの恋を応援している内に僕の恋心はすっかり消えてしまったようだった。
そのまま何事も無く、というか彼氏がいる女性に何をすることも出来ず、そもそも受験期でクラス全体の会話の数も少なかった為、僕達の仲は段々疎遠になっていった。
僕はその時は高卒で就職しようと、将来を決めていたので就職に強く、家から近い学校。
ミヅキは偏差値の高い学校へ進学した。
卒業式終わりの謝恩会で、一応とLINEを交換した。僕たちの仲は、そのくらい疎遠になっていた。
高校生になって、多くは無いけど楽しい友達を作りながら、それでも彼女が出来、それなりに充実した生活を送っていたある日の事だ。
2年の時、3駅前が最寄り駅の彼女と別れ、一人スマホをいじっていると、「久しぶり。」と、聞き慣れた声がした。
無意識に振り向くと、そこにはミヅキが立っていた。
本当に驚いた。ミヅキが通う高校は電車で三時間かかり、確実に下宿や一人暮らしをしているだろう、と思っていて、もう今後会うことは無いな、とも思っていた。
事実を聞くためのLINEは、僕がアカウントを削除してしまっていたので、連絡手段は何も無かった。
「久しぶり。」と、少しうわずった声で返した。二年ぶりに見たミヅキの顔は、少し大人になっていて、疲れている様にも見えた。
その時の会話の内容はあまり覚えていないが、ただ1つだけ覚えている話がある。
「進路はどう?」と聞いた時、ミヅキは少し曇った表情をした後、「誰にも言わないでね」の言葉の後、「私、海外に行くんだ。」と言った。
「アメリカに行くの。多分日本には戻ってこない。」と言った。
それに対してなんと返したかは覚えていない。ただ、僕の事だから「頑張ってね」と、それだけ言った気がする。
通学40分の狭い世界にいる僕には、彼女の見ている世界がちゃんと理解出来なかった。
LINEの交換はしなかった。これ以上、僕の人生をミヅキに影響される訳にはいかないし、ミヅキに僕が影響を与える事も、あってはいけないと思ったからだ。
そこから彼女がどうなったかは不明だ。本当にアメリカへ行ったのかも定かでは無い。
ただ、やけに日本らしくない背景に映る彼女を見ると、真偽を聞くまでも無いかな、と思った。
あの友達は海外に留学したのだろうか。そこで、日本語の話せるミヅキに会って、なんらかの形で意気投合したのだろうか。
随分とベタなストーリーだが、ベタであってくれ、と思った。素敵な出会いなんてしたら、こっちの気が狂いかねない。
自分の気持ちに気がつかないように、大音量の音楽が流れるイヤホンを耳に入れた。